オリンパスの闇と戦い続けて
2012.05.17更新
コンプライアンスという言葉が人口に膾炙して久しい。多くの企業では、コンプライアンス体制の一環として、コンプライアンス違反のおそれのある行為を通報すべき内部通報窓口(ヘルプライン)を設置している。 また、人事制度として、年功序列型から成果・能力主義型に移行している企業も多い。成果・能力主義は、一定の指標の達成度及び一定の能力を昇進や昇給の基準とするものである。
これらの制度が正しく機能すれば、内部通報によって、コンプライアンス違反の芽を早期に摘み取ることができるし、成果能力主義人事制度によって、従業員は、その適性と努力によってキャリアを磨き、昇進と昇給、そして仕事を通じた自己実現を図ることができる。大変結構なことである。
それでは、そのヘルプラインが社内の異端分子をあぶり出すために利用され、ヘルプラインへの通報を契機に、長年にわたって積み上げてきたキャリアとは全く関係のない分野への配置転換がなされ、事実上、昇格と昇給の機会が奪われるとすればどうだろうか。
そんな企業小説を地でいくような事件の当事者となったのが濱田正晴さんである。濱田さんは、その経験を執筆し、このたび「オリンパスの闇と戦い続けて」(光文社刊)として上梓された。
濱田さんは、工業高等専門学校を卒業し、大手電子機器メーカーを経て、昭和60年にオリンパス株式会社に入社、数年間ポラロイドカメラ開発業務にかかわった後、自ら望んで営業職に転じ、オリンパス・アメリカにおいて売上達成率ナンバーワン、優秀セールスマンとして表彰されるなど、輝かしい経歴を持つ営業マンだった。
ところが、濱田さんのサラリーマン人生は、ヘルプラインへの通報を機に暗転する。濱田さんが、平成19年6月に、上司のコンプライアンス違反と思われる行為をヘルプラインに通報したところ、通報の事実がその上司に伝達され、営業とはまったく分野違いの「新規事業技術探索活動」を命じられることになり、人事評価も急降下してしまったのだった。
濱田さんのすごいところは、何といっても、正しいと思ったらとことんまでやり抜く力である。会社勤めをしながら、現在も会社と戦っている。これは、なかなかできることではない。普通の人であれば、会社に愛想を尽かして退職するか、会社に迎合、屈服し、自身の地位を守ろうとしただろう。しかし濱田さんは、そのいずれも潔しとせず、理不尽と戦うことを決意し、配置転換の無効を裁判所に訴えた。しかし、1審(東京地裁)敗訴。2審(東京高裁)で逆転勝訴したが、会社側が上告し、事件は現在最高裁に係属中である。この事件は、大きく報道され、裁判では私も弁護団に加わったので、濱田さんのご著書に、少しだけ私の名前が出てくる。
この事件の控訴審判決の後、オリンパスの巨額損失隠しが発覚する。
発覚の経緯は、オリンパスのマイケル・ウッドフォード社長(当時)が、企業買収に際して、常識を逸脱した額の投資助言会社への報酬、買収資金を支払っていた事実を追求しようとして、菊川会長(当時)らに解任されたことだった。ウッドフォード氏が、報道機関に対し、菊川氏が社長在任中の企業買収に伴う不明朗な会計処理を追及したことが原因で解任されたと表明し、大騒ぎになったのだった。
このウッドフォード氏の解任劇は、正義を追求しようとした者が追放されたという点で、濱田さんの事件と同根である。
これまで、上場企業は、どこの会社も、コンプライアンスをやかましく唱え、その体制作りをしてきたはずだ。しかし、いかに立派な体制をつくったとしても、それを動かすのは人だ。コンプライアンスを実行する企業トップが自らコンプライアンス違反をしていたのでは、体制が機能するはずはない。もちろん、オリンパスを含め、多くの企業は、様々な研修制度や能力開発プランを取り入れ人材育成に力を入れているだろう。では、そこでの「研修」や「能力」は、知識や技術に偏ってはいないか。「志」を育てることを忘れてはいないか。この問題は、実に、企業だけの問題ではなく、家庭教育、学校教育などもかかわる問題であり、ひいては将来の国家運営にかかわる大問題である。
私の尊敬する二人の経営者、松下幸之助氏と出光佐三氏(いずれも故人)が、同じことを言っているのを知って、驚いたことがある。
松下幸之助氏「松下電器は人を作る会社です。あわせて電気製品を作っています。」
出光佐三氏「人間をつくることが事業であって、石油業はその手段である。」
このお二人は、また、経営をこのように表現している。
松下幸之助氏「世の為、人の為になり、ひいては自分の為になるということをやったら、必ず成就します。」
出光佐三氏「出光は、人間尊重の主義により、まず自己を尊重して人生に安定の基礎を得、社会、国家のために努力することを楽しむことになっている。」
この4月20日、オリンパスは臨時株主総会において、経営陣を刷新した。オリンパスは、濱田さんの事件、損失隠し事件によって、自社が汚名にまみれるだけでなく、「日本企業がガバナンス改革に後ろ向きである」などとして、日本企業全体の信用を傷つけることになった。
オリンパスは、人を育て、そこに働く人を幸福にし、社会、国家に奉仕する企業として生まれ変わってほしいと思う。
出光佐三氏は、昭和45年に福島県を訪れた際、地元の小学生に次のように話した。
「政治家とか、大きな事業をしている人が偉いのではなく、真心の鏡が曇っていない人が偉いんだ。」
濱田さんは、オリンパスを愛するが故に、その理不尽を許すことができず、戦い続けている。このような人こそ、真心の鏡が曇っていない人というべきであろう。
平成24年5月17日記