名古屋地方裁判所豊橋支部(愛知県豊橋市)への出張を終え、新幹線の中でこのブログを書いている。豊橋は、あまりなじみのない土地だが、全国的に名の知られた名物や観光地があるわけではなく、道がやたらと広い他は、なんということもないごく普通の田舎町のようである(別に悪口を書いているつもりはないので、念のため。)。
裁判所で弁論準備手続を終えて、豊橋駅近くのラーメン屋で遅い昼食を済ませ、駅構内を新幹線乗場の方へ歩いていると、「ちょっといいですか。」と声をかけられた。こんなところで、客引きもあるまいに、何事かと思って声の主を見ると、20代前半であろうか、バインダーを抱いた若いスーツ姿の女性である。往来で、私のようなおじさんに声をかけてくる若い女は、大方、ろくなものではない。水商売でなければ、新興宗教の勧誘か押し売りと相場が決まっている。しかし、新幹線の発車時刻まではまだ間があるので、少しからかってやろうと思い、つきあうことにした。
その女性は「新入社員研修の一環としてお話をうかがっています。いくつかお尋ねしたいので、2、3分よろしいですか。」と言う。そら来た、何か売りつけるつもりか、名刺をもらって、後からセールスの電話をかけてくるつもりだろうと思う。
私がそのようなことを思っていると、彼女は、3つの質問をしてきた。「新入社員に何を求めますか。」「今の学生に言いたいことは何ですか。」「プロとして必要なものは何ですか。」と。
おやおや、これはまじめな質問だ。こちらも気を取り直して、まじめに答えなければと思い、こう答えた。
1 新入社員に求めるもの
「貪欲にかつ謙虚に学ぶ姿勢」
新入社員は、見ること聞くこと触れるもの全てが初めての経験ばかりだろう。最初のうちは、何が何だか分からずに右往左往するのは当たり前だ。しかし、受け身の立場で教えを待つのではなく、自ら上司先輩に進んで質問し、その姿を見て、1日も早く職業人としての自分を確立してもらいたい。
2 今の学生に言いたいこと
「勉強せよ。」
最初は、「今の学生をどう思ういますか。」という質問だったが、「『今の学生』と言われても、今の学生に接していないから、答えようがない。」と答えると、このように質問が変わった。
学生は、自身が専攻する分野の勉強はもちろんだが、人間を深め、幅を広げる勉強をしなければならない。本を読み、芸術に接し、思索に耽り、師友と議論をするためにふんだんに時間を使うことができる時期は、人生の中でおそらく学生時代だけである。
3 プロとして必要なものは
「信念と誇りと使命感」
一所懸命に信念をもって一道を究める。そのような自らの生き方に誇りを持つ。そして、使命感をもって自らの知識、技能を世のため人のために役立てる。こうなれば立派なプロである。
私が話し終えると、その若い女性は、嬉しそうに「ありがとうございます」と言い、その場を別れた。名刺も要求されなかったし、何も売りつけられなかった。
新幹線に乗ってから、しばらく考え込んでしまった。
私は、果たして新社会人の人たちに恥ずかしくない先輩だろうか。何を若い人たちに伝えていくことができるか。本当にプロといえるか。
彼女の新入社員研修は、私にも重い研修課題を与えてくれたのだった。